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『宮沢賢治とADHD』松本孝幸さんのHPより

Category人々を守るために出来る事
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 昨日、息子(高1)が中1の頃の担任の先生と再会しました。デパートの食堂で!(笑)

 おかげさまで、高校進学して頑張っている事、今度は娘が受験よ・・・など雑談をしていたら、

 車椅子の子、発達障害っぽい子達が、続々やってきました。

 先生に聞いたら、現在「支援学級」の担任をしていて、

 今日は、市内全部の中学校の支援学級の中3生で、ホテルを借りて

『中学卒業をお祝いする会』をしたんですって!デパートは2次会♪( ̄▽ ̄)


 国から、「特別支援指定都市」に認定されて、早数年。

 じわじわと、市民の理解を得はじめてきた(かな?)「発達障害」。?(゚_。)?(。_゚)?

 でも、ま~だまだこれから。頑張らなくっちゃね! p(*´∇`*)q がんばっ♪



 息子が小さい頃は、まだADHDなんて言葉はほとんどの人が知らなくて、

落ち着きのない、困った子。集中出来ないおバカな子。


 扱いだったけど、たまたま早期発見出来、

いい所を伸ばして個人を認めて育てる事が出来ました。(v^ー゚)ヤッタネ!!


 今、悩んでいる親御さんの救いになればいいなぁと、

「発達障害児の親の会」みたいなのにお邪魔して、お茶飲んで帰ってきています。あはは~(≧∇≦)




 ネットでサーフィンしていたら、

読書倶楽部通信:松本孝幸さん・高校の先生のHP http://members.jcom.home.ne.jp/matumoto-t/index.html

 にたどり着きまして、「宮沢賢治とADHD」というタイトルを目にしました。

 賢治がADHDだったかどうかは、実際の所不明ですが、作品や日常の行動から、

 かなりの要素が感じられます。

 あ~、そうだなぁ。納得!      (゜-゜)(。_。) ウンウン

 視覚や行動での表現が多様、文章の擬態語や例えも自分の感じるままに記し、

 自然と人との境界線の薄さ、集中出来るモノとダメなモノの差。

 そして、キイナ才能!!

 ADHDぽさがあるじゃないですか♪

 素朴で正直で、頭に浮かんだものを書くスピードがそれに間に合わない・・・息子にそっくり!

 つか、息子がそっくりなのか!(笑)(否、才能はないけど。。。)

 だから、小さくて自分でも読み返せない字を書いている・・・ダメじゃん!! _| ̄|〇

 
 HPの松本先生は、養護学校の先生もした事があるそうで、そのへんの先生よりも

 はるかに「発達障害」についてお詳しいです!(そのへんの先生、失礼♪)

 ナナメ読みしかしていないので、気になる方は、是非HPへ飛んでゆっくりご覧下さいね♪

 かなり勉強になりますよ~!(*^-^*)


 そういえば、私が高校の頃、賢治の生徒だった人が講演しに来ました。

 で、賢治は「音楽好き」で有名なんだけど、

 ドビュッシーの「海」のレコードをかけている時、

 聴こえてくる演奏を、頭に描いて、文章にしちゃって、

「ココで大だこがヌ~ッと海から現れ~・・・海は大荒れで~」


 とか言うから、うるさくてしょうがなかったと言っていたのを思い出しました。


 松本先生のHPにも、ベートーヴェンの「月光」を教え子に聴かせたエピソードで、

 楕円や鈍角や直線や山形などが出てくるでしょう。

 これは、月が雲の中にかくされたところで、こんどはシャボン玉のような模様が見えませんか。

 直角三角形の三十度の角のような鋭角が見えるでしょう。

 空は澄んできて、雲にかくれていた月は雲から出てきて光が地上に走ってきたところです。

 と書いてありました。・・・同じ生徒さんだったりして!!  Σ(゚Д゚ノ)ノ






 
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20 Comments

梶やん

No title

この机つるんだぎゃ。クレーンでつるんでごわすか。おみゃーさんはたわけだわ。机とクレーンを比べたら、どっちが大きいと思はるエー。そうだぎゃー、机が小さいに決まっているぎゃー。クレーンはないともうしごわすんですか。そうだぎゃーに、1票だぜよ。ばってん、つるが問題とちゃうかい。そんだべそんだべ。つるは魚だぜよ。
魚といえば一心太助だい。江戸っ子は気が早いんだ、早く白黒つけろよ。そないいいはっても、つるのは魚ばかりであれへんどす。蚊帳だってつるということもあるやんか。ますます謎が謎を呼んで、銭形の親分、どう謎をとくんだい。うん、・・・そこに机があるんだから、そうだぎゃーにやってもらうっていうのはどうだい。そうでごわす、オイドンもそう思ごわす。実権というのは、いつも大切だぎゃー。やってみるだぎゃー。(机の両端を持上げて、移動始める。)つるというのは、吊るで、釣るではないというこっちゃ。日本語は奥がふかいでごわすね。机を吊って、というのは愛知県の西部の方言だぎゃー。
方言の打ち、現在までも使われているのは、その地域が一番さかんな時期の言葉の名残だと思います。

ゆまりん

No title

2007年7月10日に満100歳ですって。あぐりさん。
息子の吉行さんは若い頃から病気の見本のような人だったけど、
お母さんはどうしてこんなにお元気なのかしら(クスクス)。

ケロママ

No title

梶やんさん、やっぱり!いくつかの方言満載のものという所で、松本さんに敬遠された理由、納得しました。でも、宮沢賢治も方言満載なんだけどな~。(笑)
ユーモアとして捉えるか、いたずらとして捉えるか・・・
発達障害を論じていても、実践は上手くいっているんだろうか?と疑問です。相手の訴えを汲み取ろうと努力する事は大事です。
「相手を認める事。」発達障害と関わる上で初歩的な事。ここからバッサリされては、相手はショックを受けますよ~。
梶やんさんは、愛のある教育を目指していたのでは?と勝手に思っています。充分生徒さんには伝わっていると思います。

ケロママ

No title

梶やんさん、サティは私をアンニュイな世界に誘ってくれます。美しい曲も多いですが、ありえない不協和音も新鮮!多分安吾さんが訳したかもしれない「サティ」の本を読みました。サティの生き方も自由で変わり者。どんな背景で曲作りしたのか垣間見れて、ますます親しみが湧きました。
教育委員会の視察で、日露戦争の授業でさだまさし。きっと子供達は、さだまさしを聴く度に日露戦争の授業を思い出している事でしょう!私はとてもいいと思いますけど・・・
音楽はジャンル問わず好きです。クラシックについては、「賢治的聴き方」をしていますね~(笑)

ケロママ

No title

梶やんさん、方言は地域が一番さかんな時期の言葉。そうかもしれないですね。
賢治の頃は、商店が長屋のようにズラ~ッと栄えていて、活気があったに違いないです。長屋の名残、賢治の童話「まつり」に出てくる
「おだびや」と呼ばれる通称の場所は(今でも町名はちゃんとあるのに「おだびや」って呼びます♪)まだあるけど、活気はなくなりました。
「机をつる」っていう言い方は独特!方言ですね。
こっちではなんだろう?「ゴミをなげる」(捨てる)とか。
岩手は広いので、ちょっと遠い所だと、方言も全く違います。

ケロママ

No title

ゆまりん、2007年7月10日に満100歳に?
亡くなった話は聞いてないので、ご健在なのかな?きっと。
元気の秘訣は、「パーマネント」で若返ったから・・・とか?(笑)
おしゃれな人ってお元気よね。森光子とか!

ゆまりん

No title

もう亡くなったけど宇野千代さんもお洒落な人で、
「私、死なないような気がするんですよ」
とか言ってた(クスクス)☆
可愛らしいお婆ちゃんでした。安吾とも仲良しだったみたいよ。

ケロママ

No title

お洒落で可愛らしいお婆ちゃんになりたい♪
女心を忘れず、多趣味で、いつも恋愛していると、
長生きしそうな気がしませんか?
年寄りで異性の友人がいるって、なんかいいなぁ♪

ゆまりん

No title

安吾と仲良しだった頃は、まだそんなにはお婆ちゃんじゃなかったのよ!

梶やん

No title

私はまじめな教員ではなかったですが、大学でろくでもないことをしてきたおかげで、生徒に寄り添っていても邪魔にならないようになることを目指していました。普通高校の最後の年に教えた生徒たちが、私が彼らの教えていた歳を越えました。そこで彼らに手紙を書いています。3年の学年末考査に「私の悪口を書け。(褒めたら減点)」というコーナーを設け、彼らがいろいろと書いてくれたことに対するコメントです。20年以上もたっていますので、時間を埋めながら、過去を振り返って、少しでも未来に向かうヒントになればという思いです。生徒にも保護者(養護学校)に言っていたのは、私をどんどん利用してください、利用のしがいがあるし、足らないところは一緒に考えればいいこと、ということでした。これはまいたなぁ、ということはあまりなかったように思っています。保護者が考えなければならないことは、私が出る領域ではない、と拒否しました。簡単に言えば、偶然に出会った人間ですから、お互いにハッピーなろうぜ、です。

ケロママ

No title

ゆまりん、若かりし頃?
美男美女で、妖しい・・・(むふっ♡)違うって!!(笑)
でも、歳を重ねてもずっと仲良しって憧れる!

ケロママ

No title

梶やんさん、「悪口を書く」試験は、キツイです。「こういう問題を出す事がサイテー!」って書きそう♪あはは~
20年も経てば、彼らも大人ですから、先生に対しての見方も変わっている事でしょう。先生からのお返事が今のその子に合っているかどうかは疑問ですが、懐かしく思うでしょう。
養護学校は、身体か精神かで親の悩みも違うと思いますが、高校なら大抵は就労について悩むと思います。「保護者が考えなければならないことは、私が出る領域ではない、と拒否した」とありますが、考えても答えが見つからないから、先生に相談したと思います。一緒に考えようといってたのに、拒否はちょっと・・・話聞いてくれただけでも重荷が取れる奇特な父兄さんならいいんですけど。
自分の子の病について、結構無知な親も多いので、そのへんは勉強して欲しいですけどね。我が子なんだから。

梶やん

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少し舌足らずでした。最初から保護者の話を拒否するようなことはしません。保護者の方に、話したいだけ話してもらい、私はこう考えるのですが、どうなんでしょうかね、とはいつも言っていました。でも、最終的にどうするかは、保護者の方が決めることです、と付け加えます。例えば、こんな生徒がいました。唾をかけるんです。最初は腹を立てましたが、そのことで生徒が「気分が快い」なら、私は唾をかけられ続けました。10回ぐらいになると、オー、また握手代わりに唾をかけてきたなぁ、と思えるのです。他の教師は寄り付きもしませんでしたがね。それでもなかなか、私と遊んでくれません。そこで保護者の方に相談するわけです。私はおしゃべりですが、4時間の間、話したのは30分ぐらいで、あとは保護者の方が話されました。
生徒の「背景」がわかって、少しは生徒が遊んでくれることのヒントをもらいました。私は生徒の行動を「解釈」しようとは思っていませんでした。私と生徒(保護者)がいて、お互いにハッピーになればいいことです。人間観の拡張とか、深さなんかを書くより、生徒を取り巻く人々がハッピーになる方法を模索するだけでした。

梶やん

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500字制限がありますので、「悪口を書く」ことができませんでした。これはあくまでも赤点対策です。極端に言えば、「こういう問題を出す事がサイテー」と書いててあっても、50点です。つまり50点がないと単位を与えられないからです。管理職なんかは留年させる度胸はありませんから、追試とメンドクサイことをしなければなりません。そんなの労力の無駄です。
私は試験問題に、「戦後論」を書き、それに適当に問題をつけただけです。その「戦後論」は、卒業していく生徒たちへエールを送るものでした。私はずるをしているわけですから、生徒たちもずるをしてもいいのだと考えました。
20年も経てば、私の「戦後論」もベースはそんなに代わらないのですが、時間の変化を付け加えなければならないことがあります。
返事が来ることを期待せず、今現在の私の「戦後論」を呼んで貰おうというだけです。自己満足に過ぎないといえばそうです。書いておきたいという思いが何処から来るのか、私自身はっきりしません。だけれど無償に書きたいのです。

ケロママ

No title

梶やんさん、よくわかりました。そうなんですよね。生徒さんにとっては「唾かけ」がコミュニケーションとる手段で、反応してくれる梶先生に親しみを込めてやっていたと思います。もうその行為で梶先生に対しての気持ちは満たされたので遊ばなかったのでは?と勝手に思っています。
だんだん大きくなって、そのコミュニケーションは梶先生との間にしか通用しない事、理解してくれたらいいですね。
保護者と先生とが連携してその子の情報交換をして、楽しく暮らせる環境を整えてあげる事も大事ですね。1日が終わって「楽しかった♪」とその子も先生も親も、思って眠れますように!
行動を否定ばかりしないで、一旦認めて、「なぜ?もしかしてこれが快いのかな?」って行動を拒まなかった梶やんさんは、一人一人の生徒を大切にしている先生です。

ケロママ

No title

梶やんさん、「赤点対策」でしたか~!やりますね♪
定年を迎えて、教え子にお手紙を書く。びっくりされると思いますが、「やればよかった・・・」と後悔するよりやった方がいいです。
私も返事を期待せずに手紙を書きたいクラスメイトがいます。
耳が聞こえず、いじめられっ子だった彼女と、なぜか席がいつも側で、筆談や口の形で話のやりとりをしていました。「そんな子と一緒にいるとあんたもいじめられるよ」と言われていましたが、最低限の話はしなきゃなりません。
ある日、その子が、「他の人の声は聞こえないけど、あなたの声だけは聞こえるの♪」と言ってくれました。家でいっぱい泣きました。
その言葉に「ありがとう」を言っていません。ずっと引きずっています。梶やんさんに習って、お手紙書こう。後悔しないように。

梶やん

No title

生成というのはやめましょう。教員はサービス業と、私は心得ています。保護者の方から大事なお子さんを預かっているのですから、指導という名で、体罰も含めてしっかったりはしません。何かをさせようとも考えません。給する時間を楽しく過ごすためにどうしたらいいのか、ということばかり考えていました。こうしないと社会にでてから困るからしつけるのだ、と他の教員から言われました。私の考えは逆でした。高等部にいたときに、髪漉きという作業学習をやりました。生徒たちは楽しんでやっておりました。楽しんだという記憶が残れば、社会に出ても辛いことがあっても、しのいでいくはずです。
私はいつも障害の重い子とつきあってきて、この子らの「沈黙」に自分の言葉や立ち振る舞いが届いていたか、いつも不安でした。
髪好きの準備はすべて一人でやっていました。この準備は大変でしたが、生徒の笑顔で報われました。生徒は水と戯れ、髪漉きをするだけです。サービス業ですから、お客さん第一です。

ケロママ

No title

梶やんさん、自分の先生は、一生先生です。「仕事ですから♪」と割り切って授業されていたら悲しいです。
紙漉きはものづくりは楽しい!完成した喜びも得られるので、就労に繋がる楽しい授業ですね。
ただ、楽しい記憶だけで社会の辛さをしのげるとは思えません。
現実逃避するからです。理解出来る範囲で、常識も覚えないと。
重い子は小学から養護だった子も多いと思います。
学校生活も、緊張感なく生徒も家族的で、わがまま放題。体調不良で休む事も多いので、授業がなかなか進まず、「上下巻」ある教科書の「上の半分」も終わらないで進級という学校を、私は知っています。仕方ないけどびっくりでした。
将来「授産施設」で働くならいいですが、企業でやっていくには、「自分のペース」ではダメなんです。ノルマ制ならいけますが。
楽しくマイペースで働けて周りが理解してくれる職場に就ければいいけど、今のご時世・・それに耐えるだけの精神力もないと思います。だから、今を楽しむのもすごく大事ですが、卒業して楽しく過ごせるかは、家庭、学校の教えが必要だと思います。
梶やんさんの養護での教え子達、今みんな楽しく暮らしていますか?

梶やん

No title

またまた、安易に書きました。「楽しさ」という言葉には、いろんな意味を込めています。髪好きには、いくつかの作業工程があります。自分ではだめでも助けられて立つことができる生徒は、基本的に全工程をさせます。20人近い生徒がやるのですから、「待つ」こと、順番を守ること、「協働」ということを覚えていきます。他人を思いやる心も少しは目覚めます。このように書けば、理想を語るな、厳然たる現実を見ろ、といわれるのは承知していました。
ただいえるとすれば、生徒たちは言語化はできませんが、確実に教員のことをわかっていると思います。時にはこれはだめだなぁ、と思うときは、保護者と相談して、時間をもらい、親子で髪好きの準備の様子を観てもらいます。教員ー生徒ー保護者の役割分担をはっきりさせます。いつも話すのは、障害者がすんなりと居場所をみるけられる社会になっていないのが課題だということです。社会の最底辺で2年間も働いてきましたから、現実の厳しさは痛感しています。だからこそ「楽しさ」なんです。やはり文才がないなぁ、・・・。

ケロママ

No title

梶やんさん、大丈夫です。障害の度合いに応じた作業をし、「協働」を学び、思いやりの心も育つのは察知出来ます。その中で楽しさも生まれてくると思います。
障害者がすんなりと居場所をみつけられる社会になっていないのが課題。受け入れてくれる所はなかなかね・・でも、生活に楽しさを見つけて日々暮らそうという前向きな気持ちは持っていたいです。それが趣味でもいいし、その子の好きな事なんでもいいので、「今日一日の中でコレが楽しかった」と思えるなにかがあれば、生きる楽しみに繋がると思います。